とにかくだるい

相変わらずなにもしておらず、日々が過ぎて行く。

最近、部屋の掃除機かけトイレ風呂シンク洗面所の掃除に洗濯に自炊もできた日が1日だけあった。なぞの動かなくてはという気持ちと、やる気が湧いて止まらなかった。しかしこの気力は2日も持たずに、また毎日布団に倒れている。

絵が描けない。だるい。全身倦怠感。

やる気がないのもあるが最近、18時〜20時ごろになると右の首筋が痛くなる。季節の変わり目なのか寝転びすぎなのか肩こりなのかわからないが、この首の痛みは頭痛に似ていて、なかなか動くことを辛くさせる。

人に「どうせ寝すぎで首が痛いんでしょ」「1日の半分は寝てるじゃん」「なにもやってないじゃん」と言われる。ごもっともなのだが、いまいち寝れなくて、起きたくても起きれないのつらい。けど私が悪いな……。

続けていたミラクルニキをやめた。スプラトゥーン2も勝てなくて、虚しいだけだ。モチベがない。プリパラももうやらないかもしれない。お金がかかる。モチベがない。最近なににも熱中できない。これが楽しいのだろうか?と思ってしまって、集中できないで冷めてしまう。

人とテーブルゲームのシークエンスを遊んだ。トランプを使うマルバツゲームみたいなもので、私はこれが好きで、これをやるときは元気だ。しかし2人以上じゃないと遊べない。家で1人の時に無理やり1人でやったけどもっと虚しくなった。

元気とやる気だしたい。

川を見た日

今日は川を見てきた。
おおきく、流れは緩やかで、ほぼ水中になにがあるのかも分からぬほど濁っていた。
けど濁った青緑色のなめらかな水面も良いものだった。波紋が寄っては消えて、たまに魚が跳ねて鳥が飛んでいる。夕方のぬるい風が心地よくて、久々にいい時間だと感じた。
水があるところは良い。海に行きたいとも思った。

 

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石をおいてきた。
今年の2月くらいから「道端の石の展示」という、展示?のような物をやっている。石に絵を描いてその辺に放置するというもの。

完全な気まぐれ好奇心で始めたのだけど、石に絵を描くのは楽しい。石が好きになった。前に海できれいな丸い石を拾ったのだけど、あまりにもそのままできれいなため、絵を描くのがもったいなくてそのまま保存してある。

こういう自然の美しいもの、石、鉱石、宇宙などを見ると、わざわざ絵を描く意味とはなんなのだろうな・・・とぼんやり思う。

無職になった話

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無職になって何度目かの夏が終わっていく。
むなしい。

ブログは何かの記録のためにと思って作ったのだが、日々何もしていないため記録するようなこともない。なので仕事していた頃の、新卒から無職になるまでのことを書こうかと思った。
聞いても楽しくない自分語り。いいかんじの退職エントリとかではない。
うつ病になって会社をクビになったダラダラ話。

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学校を卒業して、新卒でIT系エンジニアとして就職した。
本当はゲームエンジニアになりたかったのだが当時は就職難で、おまけに自分には実力もそれほどなく叶わなかった。

内定した会社はなんとなく怪しさを感じて辞退しようとしたのだが、学校側が入れとかなり圧力を加えてきて押されてしまった。就職難が続いていたからさっさと内定してほしかったのだと思う。

入社当時の事を思い出すと、まず出てくるのは入社最初の上司からの有給はありませんとの説明で場が凍りついたこと。

会社にはほとんど日本人がおらず、本当は社内では日本語で話すルールだったのだが、平然と聞き慣れぬ言葉がオフィス内に飛び交っていた。
日本語力も全員まちまちで、本当に片言の人から日本人レベルの会話力の人もいた。しかし、そういう人でもやはり冗談などがあまり伝わらない、お互い有名な例えや、ちょっとした雑談も上手く繋げられない。わたしのコミュニケーション力不足もあるのだろうが、言葉の壁を感じた。


とりあえず社内研修をこなしていたが、なんか研修しなくてもそこそこできるからという理由で研修から外され、担当者がやめて国へ帰るらしい謎のアプリ制作の引き継ぎを受けることになった。引き継ぎ資料が日本語でなく、本人の日本語も不安なものであまり理解できなかったが、なんとかやった。

その後大きめな案件に入れられ、古いシステムをどうにかする的な、希望していたアプリ制作とは遠い仕事をすることになった。まあ最初はいろいろやるのが大切なのだろうと思っていた。色々厳しく最後の2ヶ月くらいは毎日23時ごろまで退勤できなかった。

給料は見込み残業形式で、月190時間以上くらい働かないと残業代は出ない。深夜残業代は全く付かなかった。

なんとかプロジェクトが終わって、頼れる先輩が退職した。その人は「こんな会社糞食らえだ、さっさとやめとけ」という助言を残していった。



 その後、なにか設計をやってみないか?的なことを言われたが正直設計はあまり好きでなく(というか設計ってなんなのか全然わからなかった)アプリ開発やりたいといったのだが聞き入れられず、次のプロジェクトの設計を任されることになった。

初の長期客先常駐プロジェクト。常駐先には自社の人間は誰一人もおらず、客先常駐に対する常識や知識もない。自分は入社一年経っておらず社会人としても経験がほぼない状態、やったことのない設計という仕事。そして社内のコーディングチームとのパイプラインとして話を通す、ほぼリーダーのような役割。
全てが不安要素だった。


常駐開始直後は社員証が無いため、数週間出勤退勤トイレ昼食買い出しも自由に行けずつらい(これはいろんなプロジェクトでも同じだった)
やはりわからない設計、毎日繰り返される長時間会議、周り全員プロジェクト歴が長いため伝わる会話っぽいのだが全然分からず、そして聞ける人がいない。下請けとして名前すら呼んでらえず会社名で呼ばれる。毎日終わらない仕事。かなりしんどくてトイレで辛いと嘆いたり、泣きながら帰った。


その次のプロジェクトはコーディングだったが、またレガシーシステムの改修で、毎日終電だった。日付をまたがず帰れたらいいほうで3時に寝て6時に起きるの繰り返し。頼れる先輩がまたひとり退職。
このあたりで精神がおかしくなってきて、死ぬのをひどく恐れた。次の瞬間に大地震が起きるのではないか、看板が落ちてきて死ぬのではないか、マンホールが外れて落ちるのではないか、自動車が突っ込んでくるのではないか、いろんな死を毎日恐れた。

精神科へ行ったが非常に適当な診察を受け(初診1分で終わり、パキシル大量に出される)全く信用できず通えなかった。


次のプロジェクトは社外で設計だったが、あまりにも設計ができなすぎて運用に回された。主な仕事は自社先輩?の書くめちゃくちゃな機械翻訳メールを日本語に直すことだった。あとはバッチ処理やテスト。毎日遅く、そして休日出勤をした。客先の上司は数日帰れないことがザラだったようだ。

このプロジェクトでまたまたお世話になった先輩が退職し、先輩?は会社をばっくれて国へ帰った。

このあたりで帰りの電車の中で自然に涙が流れたり、不安で電車に乗っていられなくなってきた。真っ暗な海がビルの明かりを反射しているところに飛び込もうと何度も思った。首を吊る用のロープを買った。

また精神科へ行った。仕事ができなくて辛い、毎日残業、毎日死にたい涙がでる的な事を言ったら、仕事が出来ないのはADHDなのでは?といわれ大量の抗不安薬ストラテラを貰う。しかし飲むと具合が悪くなり、今度はコンサータを出された。コンサータは確かにいつも注意力散漫としている頭が一つの物事へピントを合わせる感じがしてよかったがその後具合が悪くなる。そもそもこんな簡単にコンサータ出していいのか的な……。もう行くのさえ無駄な気がして通うのをやめてしまった。


そんななか、急に別のプロジェクトに移動となった。前のプロジェクトで一緒だったメンバーや上司も一緒だったため多少安心していた。
しかしプロジェクトの内容は、かなり黒く、やっていいことなのか疑うようなものだった。まったくスマホアプリ開発と違う道。何をやっているのか全然わからなくなる。

もうこの辺で限界が来ていて、現場常駐初日に急にぶっ倒れ病院に担ぎ込まれるも原因不明。毎晩原因不明の震えと吐き気が起きて寝れず、毎日なにか大変なことが起こるような、死んでしまうような気がして、高いビルの上から夜景を眺めては飛び降りようかとか思ってた。とても寒かった。
仕事も毎日抗不安薬でなんとかしのいでいる感じで、眠たすぎて、正直仕事になっていない。そして終わらず、帰れず、自業自得だがどんどん死にたくなる。

体調崩し内科で受診中に死にたい自殺したいといい精神科を進められ、精神科へ言ったらうつ病なので休んでくださいと言う流れになった。うつ病ですって言ったときの客先上司のまたか〜みたいな顔と空気はすごく覚えている。


そしてゆっくりやすめ〜と上司に言われ数ヶ月休職。しかしまだ全然良くなら無い旨を伝えると、長く休まれると迷惑だから退職してくれという流れになった。社内の文章を調べたが何ヶ月間休職したら退職とするという記述はなく、そもそも社則はどこを探しても見つけられなかった。
けどもう何も言う気もなくて会社を退職した。


やめて数ヶ月は本当にずっと眠っていた。いまはだいぶ良くなったが抗うつ薬睡眠薬は飲んでいる。家からなかなか出ることが出来ない、引きこもりだ。
けどあれだけ毎日死のう死のう思っていたのが、辛い時もあるがだいぶましになった。よかった。

早くやめればよかったと思うが、親から3年は続けろ!と強く言われていたため踏ん切りがつかず、自分が潰れるまでやめることができなかった。
エンジニア的にはこんなことよくある、これくらいで鬱になるなんて弱い!って思われるのかもしれないが、わたしには無理だった。毎日が本当に辛く、睡眠不足と同じ日々の連続で、気が狂っていた。

いまは無職で無収入だ、しかしなぜだか生かされている。ありがたいことだ。楽しく絵を描いたりできる。
しかしやはり収入が無いため働かないとならないのだが、またあんな辛い目に合うのではと思うと胃が痛くなる。辛いことするからお金がもらえるのはわかっているのだけど。働きたくないな……。

おわり 

反省と振り返り 8月20日

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8月20日にCOMITIA121にサークル参加した。楽しかった。
学びも失敗も考えることもいろいろあった。
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学び
・設営のイメトレ
 →毎回一応やっているけど、前日とかに机の上で当日の机の上を仮に作るのは大切だと思った。設営の時間は案外みじかい。いつも寝坊するし。あといらないものを持っていって邪魔になるのを防げる。

・売り子さんとの連携
 →いままで売り子さんには当日指示をして会計とかお願いしていたのだが、今回は上で書いた当日の設営イメージや、頒布物の値段一覧とかを売り子さんに連絡した。ああ〜こんな感じの机にするんだな〜、とか、こんなのがあるんだな〜っていうのをあらかじめ知らないか知っているかって結構違うと思った(主に気分的に)

・必要かもしれないものはきっと不必要
 →今回は荷詰めしているときに「これ必要かもな〜」って思ったものをすべて置いてきた。実際にはなくても不自由はなかった。例えば余分なブックスタンドとか。たぶん設営イメトレしていればだいたいうまくいく。荷物を余計にかさばらせるのはやめる。

・会計はアプリに任せる
 →前回まですごくアナログな方法で在庫管理や会計管理していた。わたしは暗算はできないしよく管理を忘れてしまう。苦手なことは無理やりやらず、アプリとかの便利さに頼ろう。

・合同誌はふたりでやるほうがいい
 →今回合同誌を出した。一度合同誌を一人で主催したことがあってけっこう大変だった。今回はふたりで共同主催を行った。お互いに得意なことをして、あんまり自信がなかったりすることを相手に任せたりできてとてもよかった。あと相互チェックができるのも大きい。誰かに確認してもらったという安心感は睡眠の質を上げる。

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考えること
・失敗(いろいろ・・・)
 →頼りすぎ。合同誌の部数動向の読み間違え。体調管理。態度。会話。

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合同誌、本当に素敵な参加者さんたちのおかげで非常に良い本になったと思う。そしてほっとした。あと水道破壊マグネット(水道修理の広告マグネットのパロディみたいなやつ)を作成したのだけどなんかよかった。

コミティア、開催直前はもう出たくない・・・って思うのに、行って終わるとまた頑張るぞーって気持ちになるから麻薬だ。自分の作ったものに値段がつき、誰かの手に渡るのをいつも不思議な気持ちで見ている。すごいことだ。

DMM.makeさんから修正された3Dプリント品が来た

puyw.hatenablog.com

 

これの続きです。
MagicaVocelで出力したobjデータをDMM.makeさんに3Dプリントしてもらったら色がおかしくなってしまい、plyデータで再造形していただくことになりました。

今日その再造形品が届きました。

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kawaii~~~

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左が修正前で、右が修正後です。
比べてみると若干後ろ髪の凹凸感とか、様々なところのザラザラ感がちがうので、造形時の個体差なんでしょうね。素材は石膏で、触り心地はとても硬いチョークみたいな感じです。

回ってますね。
 

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仲間が増えました。このキャラクターはナユタといいます。
DMM.makeさん、今回はいろいろご対応ありがとうございました・・・


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もともとモデルを作ったのは、Unityで作成中のゲームに使用しようと思ったからです。色々修正したり、なんとなくmixamoでモーションを付けてみました。

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かわいすぎる・・・

www.mixamo.com

 

MagicaVocelで作ったドットモデルを3Dプリントしたらつまずいた話

MagicaVocelというモデリングソフトがあります。
ボクセルモデリングができ、ボクセルアートと呼ばれる系のものを作ることができます。Minecraftハコニワワークスカンパニーみたいな、3Dのドット絵のようなものです。

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今回はMagicaVocelで作ったモデルを、DMM.makeの3Dプリントでフィギュアにしてみたらつまずいた話です。

make.dmm.com

 

rocinante0o.hatenablog.com

MagicaVocelからDMM.makeでの3Dプリントに関しては上記記事を参考にさせていただきました。ざっくりいうとMagicaVocelでモデリングしてobjで書き出し→Blenderで実寸指定してobjで書き出し→書き出したobjをzipにまとめてDMM.makeにアップロード、という手順です。
うまくいくとこんな感じでDMM.makeのサイト上にプレビューが出ます。

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数日で手元にきました。はやいですね。すごい。
で、わくわくしながら箱を開けて中身を見ました。

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肌が黒い・・・。どうしちゃったの? おまけに目の下の明るい赤色が暗い青色になっています。単純に出力時の色の誤差とかではなさそうです。

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参考にさせていただいた記事にも色がおかしくなるとは記載があったのですが、このモデルはほぼ無彩色と赤色なので大丈夫だろうと考えていました。しかし浅はかな考えでした。大丈夫ではなかったです。けれどもサイトのプレビュー画面では色は正しく出ていたのに、なぜ? 理由がわからないのが嫌でDMM.makeさんに問い合わせをしました。

結論はMagicaVoxelをobjで書き出したものだと、色の再現ができなくなるということでした。

MagicaVoxelですが、色の再現で問題が発生しております。
OBJ形式ですと平面上に複数の色を配置した場合、混ざってしまうような仕上がりとなります。
MagicaVoxelから直接エクスポートしたPLYデータを頂けますようお願いいたします。

上は問い合わせの返信です。どうやらplyだったら良いそうです。どうしてこのようなことが起きるのかは不明ですが……。

 

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MagicaVoxelからplyに書き出すのは、Exportからplyを選べば大丈夫です。

 

また今後でございますが、 MagicaVoxelとBlenderを併用しエクスポートしたPLYデータにも不具合が発生しております。
MagicaVoxelでエクスポートしたPLYデータをアップロードして頂き、サイズ変更のご依頼を頂けますようお願いいたします。

それから上記返信もいただきました。MagicaVoxelは実寸設定が出来ないため、Blenderでサイズ指定したくなってしまいますが、Blender通すと駄目なんですね。

今後MagicaVoxelで作成したモデルをDMM.makeさんで3Dプリントするときは
・MagicaVoxelからplyでエクスポート
・サイズの変更はDMM.makeさんにお願いする
のが一番良いみたいです。手間を掛けさせてしまうのですこし申し訳ない気持ちになりますが。それからMagicaVoxelで制作しましたとかも伝えたほうが良さそうですね。。。

 

今回はありがたいことに、再造形して色不備品と交換対応をしていただけることになりました。DMM.makeさん……ほんとうに助かります、ありがたいです。

まだ再造形品が手元に到着していないため、届いたら追記をしたいと思います。


(7/19)
届きました。

puyw.hatenablog.com

はじめ

ブログを続けられたことがありません。
去年も夏にはてなブログをつくって、2週間で消してしまった。結局2つしか記事を書かなかった記憶があります。

自分が書いた文章を読み返すのが苦痛です。閲覧数やアクセス解析にも気を取られて嫌になってしまいます。けれどもツイッター等に載せたくない、載せられないこともあって、またブログを作りました。

msといいます。

絵を描いたり何か作ったり、たまに即売会に出たり展示したりしています。本来はシステムエンジニアでしたがクビになりました。ゲーム作るのも好きでunityでなんかしたりです。

日頃の記録とか、つまずいたことをメモしていければ良いなって思います。よろしくお願いします。